このブログを検索

国民性、地域性は数百年たっても名残りはある。

2018年9月15日土曜日

独り言


中国をアメリカが叩いているところをみて、

「アメリカは中国を潰しにかかっているのかなあ」

とふと考えます。

力をつけて覇権を狙う中国を、アメリカが邪魔しているというような。

まあ1つの理由で大国の動きを説明できるはずはなく、実際に知的財産権を侵害している部分はあるでしょうし、トランプさんが自分へと支持を集めるためによその国を叩いている部分もあるでしょう。


理由はいろいろありましょうが、自分が気になるのはそこではなく、国民性ってやっぱりあるんじゃないかと思う点。

アメリカは「自分が一番じゃなきゃ気に食わない」国民性なのかなと感じます。

その代わり、自分たちの言うことを聞いている分には、自由にしていいよと。

文化とか制度とかをアメリカに合わせるのなら、見返りを与えますよというシステム。

日本人だとこのあたりは肌で感じられることかもしれません。

アメリカの中国に対する行動に関しては、

「俺たちの秩序を乱そうとしやがって。俺TUEEEEEんだから、今のうちに身の程知らしめてやろうか」

という、トランプの一連のめちゃくちゃな政策の中であっても、国民が共感している部分じゃないかなと思います。

だからあれだけ追加制裁を乱発できるのではないかと思います。

「これ以上やったら不味い!」とわかれば、やらないでしょうしね。

トランプ陣営にとって、一番気になるのは自分たちの支持率でしょうから。


あと、中国人にもやはり国民性というものがあるのかなと。

中国というのは歴史をみると、王朝がつくられては崩れ、また王朝ができるという歴史の流れです。

今は共産党という王朝があります。

私は中国はそんなに嫌いではないので、あまり悪くはいいたくないですが、独裁といわれればそういう面もあります。

思うのですが、独裁じゃないといけない国というのがあるんじゃないかと。

そうしないと国民をまとめられない国というのが。

中東とかアフリカとかは強力な軍事国家みたいなのがいないと、なんかすぐに反政府勢力が軍事行動を起こすじゃないですか(無くても起こしていますが)。


それと同じで中国も独裁じゃないと駄目なのかもしれませんね。

歴史を振り返ると、中国っていう国は時の政権がガタガタになると、家臣とか地方勢力が反乱をおこして政権交代をはたす。

あと、国民(農民)もけっこう反乱をおこしたりする。

三国志時代の黄巾の乱とかは有名ですよね。

なんというかいつの時代にも不満分子がいて、「事あれば反乱起こしてやる!」みたいなやつがいるんじゃないでしょうかね。

おそらく今の中国政府もそれを分かっているから、統制をきびしくている部分もあるんじゃないかと思います。


その点、日本の国民性はやはり大人しいといわざるをえない。

「事あれば反乱を!」みたいなやつはいるんでしょうかね。

たまに地震などが起こったときに、火事場泥棒みたいなのをするやつがいますが、完全に非難ごうごうじゃないですか。

日本人ってそういう非難とか評価がある程度の、社会抑止力につながっている部分があると思います。

だから犯罪とか少ないのかなと思います。

非難評価、場を荒らすことが気になるから、国民が大人しいというのはあるのかなと。

職場や学校でもなんか言ったらいろいろうるさいから最初から黙っていよう、という行動を取ることってあります。

それが日本人の行動の原理ともいえるんじゃないでしょうかね。

だから外国人が住んだら黙っていないといけないので、息苦しいだろうなとは思います。

その代わりに安心安全はありますけど。

統制がとれていてプラスの面もある、というのはあるでしょうね。


最後に日本の地域性は、ネットが発達した今でもあるんじゃないかと思います。

正直、他の人のブログを見ていてもそれを感じることがあります。

ブログというただの文字だけの情報、そしてデジタルの場でそれを感じるのは興味深いことではあります。

私は西日本出身なのですが、他の方のブログを見ていると、だんだんと西日本の人が書いているブログばかり見ているんですよ。

それが3~4個あるので、もう偶然じゃないような気がします。

やっぱり考え方とかが地域が近いことで、似たようなものになり、なじみやすいことに繋がっているのかなと思います。


古い書物で恐縮ですが、徒然草という本があります。

鎌倉時代終わりに書かれた随筆のようですが、その中に、

「関東の人は、口にしたことは信頼できます。都の人は口先の返事だけは感じがよくても、誠実味がありません。」(参照:マネペディア

と聞いた人がいて、

「そんなことはないですよ。都の人は相手のことを考えてはっきりと言わず、遠慮がちにいっているだけですよ。」

と答えた偉いお坊さんの話があります。

まあはっきり言ったほうが相手のためになる、という考えもありますが、心情を考えるとどちらが正しいとも言えない。

ただそういう地域性があるということは昔からあることなんだなと、世の中の地域性の違いを感じるたびにこの話を思いだしますね。


投資ということを考えると、地域性という基準も投資判断になるかもしれません。

栄えているところはずっと栄えているので、国民性や地域性があまり変化のないということを考えると、投資に適した地域というのがあるような気はしますね。


スポンサーリンク





関連コンテンツ