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配当金は資本主義社会における自然な収入。配当金を色眼鏡で見る必要は全くない。

2019年1月31日木曜日

私の投資法

配当金は資本主義の基本的な収入


今を生きる日本人は資本主義社会に生きています。

資本主義社会は良いところ悪いところあります。

資本主義社会に限らず、歴史上、人間が生きてきた社会は何かしら、欠点があります。

人間は世の中から欠点がなくなり良くなってほしいと願いながらも、今を生きる人間は欠点を知りつつ毎日を生きなくてはいけないわけです。

そして生きていくには現代では金が必要です。

だからこそ多くの人間が働いているわけですが、自分が生きている社会の制度を利用して金を得ることもできます。

その一つが配当金です。

資本主義社会では、株式会社が基本となっていますので、その株式会社が出す配当金は収入の基本となってもおかしくない自然な収入です。

株主も労働者も株式会社を構成する基本的な単位

配当金収入のほうが、労働者の給料より伸び率が高いというのは事実だと思います。

ただ株主としての配当金収入と労働者としての給料の収入の関係を、対立して捉えることはないと思うんですよね。

株主も労働者も株式会社を構成する基本的な単位で、株主がいないと株式会社の存在はないし、労働者がいないと株式会社を運営できない。

株主は株式会社の設立に関係したり倒産リスクを背負っているわけですから、そこから利益をえるのは当たり前です。

労働者も株式会社を動かしているので、そこから報酬を得るのは当然です。

なので両者とも同じ株式会社の利益から収入を得ている存在で、その存在と収入は至極まっとうなものです。

給料のほうが汗水垂らして働いているので優れているとか、配当金収入のほうが賢く稼いでいるといった優劣は全くない。

むしろ相互に依存している存在で、お互いが必要不可欠な存在です。

配当金収入はギャンブルでも道徳的に反した収入でもない

世の中は資本主義社会で、株式会社の存在なしに今の世は成立しません。

そして株式会社の存在には、株主の存在が必要というのも一つの真実です。

そして株主は株式会社から利益の分配を受ける権利があります。

もし利益の分配を受けないのなら、誰も株式会社に金を出そうなどと思わないです。

そうなると株式会社は存在せず、株式会社が世の中に提供しているモノやサービスもないことになります。

だから今の世の中を成立させるには、株式会社が必要だし、それに伴って株主も必要です。


もし日本社会で「私は配当金で生活しています」という人がいれば、結構な割合の人がその人を「色眼鏡」で見ると思います。

というのもそういう生活をしている人は滅多に見ないので、なんとなく怪しさや不可解さ、羨望をともなうからです。

一方で配当金生活を色眼鏡で見る人は、給料で生活している人を色眼鏡でみるでしょうか。

おそらく見ないですが、それは給料生活が一般的でみんなそうしているからです。


しかしよく考えると、配当金収入も給料も同じ株式会社から出ています。

株式会社は配当金を出すのが当たり前で、株式会社が労働者に給料を支払うのと同じくらい自然なことです。

だから配当金生活が色眼鏡で見られる必要は全くないし、ギャンブルだとか道徳的に反しているとか、そういう先入観はまったく理に反しています。

配当金収入は資本主義社会における自然な収入の一つです。

むしろ不自然なのは、日本では戦後70年以上資本主義社会で成り立っているのに、配当金収入をほとんどの家庭で受け取っていないことです。

裏を返せば、日本に資本主義社会は根付いていないということかもしれません。

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